竹越院長コラムEDの自覚がある男性は45%

独自アンケートでは45%がEDを自覚

40代以上の男性のEDの実態について最新の動向を探るべく、独自にアンケートを行ったところ、想像以上に日本人男性のEDが進行している事実が浮き彫りになった。

40代以上の男性のEDの実態

2011年1月に行った調査の対象は、全国の40〜65歳の男性100人。2000年のアンケート(調査対象:30〜79歳の既婚男女3854人)では、「EDの自覚がある」男性は29.9%だったのに対して、今回の調査では45%にものぼったのだ。アンケートの母数が異なるので直接比較はできないが、調査対象を40代に設定したことで「EDの自覚のある」男性の割合が増加したと見ていいだろう。やはり40歳という年齢は、男性の性機能の低下が顕著に表れる分水嶺となっているのだ。

「EDの自覚がある」と回答した男性に、「どんなときに自覚したか?」と聞いてみると、「挿入直前でやわらかくなってしまい、いれにくいことがある」(47歳)、「硬度が保てない」(43歳)、「最後までSEXできないときがある」(49歳)など、ペニスは勃起するものの持続できない、中折れに見舞われる、などでEDを自覚するケースが非常に目立つ。

一方、「EDの自覚がない」と回答した男性にも「SEXがうまくいかなかった経験があるか?」と質問したところ、「勃起はするのだが、射精には至らないことがある」(53歳)、「勃起はするが十分硬くならず、挿入が難しい」(44歳)など、「EDの自覚がある」男性と同様の答えが相当数寄せられた。中折れしているわけだが、勃起はするので自分はEDではないと考えている男性が実に多いということだ。繰り返しになるが、中折れはれっきとしたEDの症状の一つである。今回の調査では、「EDの自覚はない」ものの、その実EDという男性が多くみられた。数字に表れない潜在的ED患者はことのほか多いのではなかろうか。

また、「ここ3年ほどSEXしてないが、ちゃんと勃起も射精もするのでEDじゃない」(47歳)、「妻とはセックスレスだが、マスターベーションで定期的に解消している」(45歳)といった回答もあったが、オナニーでは勃起してもSEXになるとダメになってしまう「オナニーED」の可能性が否定できない。

EDとは、「勃起が十分でないために、満足な性行為ができない状態」を意味する。「満足な性行為」とは、厳密に言えば、きちんと勃起して挿入ができ、膣内で射精に至ることだ。勃起はするもののSEXに支障が生じる中折れと同様に、オナニーで勃起し、射精ができたとしても実際のSEXで勃起し、射精できるとは限らない。40歳を過ぎたセックスレスの男性は、オナニーでは大丈夫だからといって安心せず、自らのEDを疑ってみるべきだろう。放置すれば加齢とともにEDは悪化する。ほかの病気と同じように、EDも早期に自覚するに越したことがないのだ。

また、「今の性生活に満足しているか?」との質問には、74%が「満足している」と回答しているものの、「昔ほど性的興味がなくなったので、ほとんどSEXはしていないが特に不満はない」(48歳)、「まぁまぁ満足している。それほど性欲もなくなったので」(47歳)など、性交渉の機会がないことを受け入れた、消極的な満足ともとれる回答が少なくない。若い頃と同じようにとは言わないまでも、性欲があり、ペニスが勃起し、支障をきたすことなくSEXをしているというわけではないのに、「性生活に満足している」男性もいるということだ。こうした層の存在を考えると、本来的な意味で「今の性生活に満足している」男性の割合はさらに少ないことになる。

逆に「今の性生活に満足していない」と答えた男性の中には、「月に2〜3回では、回数的に不満」(44歳)、「なかなか妻が相手をしてくれないので、したくてもできないことが多い」(53歳)、「性交渉の機会は少ないが、我慢している」(44歳)、「勃起力が弱く、パートナーの求めに応じられないことがあり不満」(45歳)など、もっとSEXをしたいが、セックスレスやEDのために希望が叶わず不満だとする声が少なくない。

一方、60歳を超えてなおSEXを求め続ける男性が多いことも、今回のアンケートによって明らかになった。「風俗などで癒しているが定期的にもっとSEXができるパートナーが欲しい」(67歳)、「今は週に1回程度だが、せめて週に2回くらいは性交渉を持ちたい」(64歳)といった声は頼もしさを感じる。

なかには、「続けて3回目くらいになると、すぐに中折れする……」と嘆く62歳の男性もいたが、当然、こうした症状は中折れでもなければ、ましてやEDでもない。2回もできているわけだから上出来と言っていいのではないか。いずれにせよ、老いてなお盛んな男性たちの声は、EDに悩む40代の男性にとっては羨望の的であり、男としての夢を与えるものかもしれない。